有賀教授のにんにく講座
にんにく研究最前線
日本のにんにく研究の歴史
日本のにんにく研究は1930年代〜1950年代にかけて盛んに行われ、京都大学の小湊潔博士の「スコルジニン」、同じく京都大学の藤原元典教授の「アリチアミン」の発見にみられるように、長く京都学派が牽引していました。私が日本大学医学部の講師から農獣医学部の教授となり、にんにく研究に参画した1980年当時は、京都大学の岩井和夫教授、名古屋大学の川岸舜郎教授、北海道大学の西村弘行助教授の3名が中心となってにんにく研究を進めておられました。 私は新参者としてそこに割り込むことになった訳ですが、幸いなことに農獣医学部に移る数年前、医学部で血液研究をしていた頃、ある製薬会社の依頼を受けて、にんにくオイル中の成分研究を既に進めていたのです。そのおかげもあって、1981年には英国の医学誌『ランセット』に、「にんにくオイル中の有機硫黄化合物MATS(メチルアリルトリスルフィド)が、血小板が固まるのを強く抑えて血栓の形成を抑える」という研究成果を発表することができました。こうして私は、本格的ににんにく研究に身を置くこととなったのです。さらに、1987年の日本農芸化学会大会では、私たち研究室のにんにく研究が「食品の機能性」と題するシンポジウムに取り上げられました。これは私の研究が学会で認められた瞬間でありました。それ以降、岩井教授、川岸教授が退官され、西村助教授がタマネギに研究をシフトされたこともあって、私たちがにんにく研究をリードするような存在になっていったのです。研究生活を一変させたピラミッド図
1990年、アメリカではガン予防のための国家プロジェクト「デザイナーフーズ・プログラム」がスタートしました。その中で、国立ガン研究所が膨大な疫学調査データをもとに、ガン予防に効果のある野菜約40種類を厳選し、重要度に合わせてピラミッド型の図に表した「デザイナーフーズ・ピラミッド」を発表しました。 これは私の研究生活を一変させるほどの事件でした。「デザイナーフーズ・ピラミッド」によると、にんにくがガンを防ぐ野菜として最も重要視するべきものであると評価されてピラミッドの頂点に鎮座しているではありませんか。 これをきっかけに、私の元へテレビの出演依頼や取材などが相次いで舞い込んでくるようになりました。最初は少し躊躇しましたが、食べ物と健康の研究をしているのだから、一般の方に伝えることこそ重要であると考え、積極的にメディア出演することにしました。 その結果、研究助成金や寄付金も受けやすくなって研究もはかどり、おもしろい成果がいくつも得られるようになりました。さらには健康食品メーカーとも顧問契約を結ぶようになり、研究機器の選び方、研究方法のアドバイスをするなど民間企業とのつながりも増えてきたのです。優れたにんにく研究を行う民間企業も登場
近年では、大学の研究室に負けないほどの設備を導入し、優れたにんにく研究を行う民間企業も見られるようになってきました。企業の研究所が大学の研究室と違う点といえば、自社製品への責任が持てるような検査体制を組まなければいけないということで、民間企業の研究所ではそれがいちばん大切なことです。 つまり大学のような先端研究というよりも、自社製品について責任を持ち、製品の特性をきちんと把握しているということがベースにあるため、品質管理と研究が同時に進められていることが最大の特徴です。 例えば、九州のある健康食品メーカーでは、自社で農場を持ってにんにくを栽培し原料として使用しているのですが、より良いにんにくを育てるために、にんにくを専門とした研究施設を設立しています。ここでは、自社のにんにくのみならず、中国や青森をはじめ、あらゆる産地のにんにくを集めて成分を比較し、自社製品の品質向上に活かそうとしています。 にんにく専門の研究所まで持っているメーカーは非常に珍しい存在ですが、こうした企業努力が続いていけば、社会全体に貢献するような研究成果も生まれてくることでしょう。「機能性表示」が研究成果を測るポイント
もうひとつ、民間企業が研究所を持つことの重要な役割があります。それは、「にんにくに関するデータ集積」という側面です。1991年、日本では「トクホ(特定保健用食品)」という制度が導入されましたが、認可の条件があまりに厳しく、資金の潤沢な大企業しか取得できないという問題点がありました。そこで2015年に、事業者の責任で科学的根拠を示せば国の審査なしに健康への効果を表示することができる「機能性表示食品」という制度が導入されました。ところが、この制度もそんなに甘い物ではなく、しっかりとした臨床検査が必要であるというものでした。 にんにく食品に関する機能性表示としては、現在「にんにく成分が高血圧に対して有効である」ということが認められた商品が出てきています。近い将来には、「にんにくの成分が疲労を回復するために有効である」という機能性表示が登場するのではないでしょうか。人の多くは、やはり疲労回復効果を期待していますから。 にんにくは調理法や加工法によって成分が変化し、さまざまな薬効をもたらしてくれます。そこがにんにくの魅力でもあり難しいところでもあります。ですから機能性表示食品の制度を背景に、科学的なデータを集積することのできる研究所を持っている企業と持っていない企業では大きな差が生まれてくることでしょう。将来どんな機能性表示が登場してくるか、企業の研究に期待したいですね。監修:医学博士 有賀 豊彦(ありが とよひこ)
日本大学名誉教授/医学博士/健康家族顧問
1980年よりにんにく研究を開始し、1981年にはにんにくオイル中から抗血小板成分としてMATSを発見し、英国の医学誌「ランセット」に発表。以後抗ガン作用の解明を行うなどして、多数の学術論文を発表し、にんにく研究の第一人者として活躍している。
2022年春、「瑞宝小綬章」を受賞。
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にんにく研究者
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